よぉ~やく、我が家のピアノの調律を依頼。前回の調律は7年前?8年前?くらい。
上の子が幼児期にヤマハに通っていた頃、音を覚えるこの大切な時期に、この音のズレたピアノで練習させることがストレスだった。だったら早く調律したら良いのに、と自分で何度も思ってた(笑)。あの頃は産まれたばかりの下の子と、大学院とで必死で余裕が全くなかった。と、いいわけ。下の子が上の子とちょうど同じ年齢で同じようにヤマハに通う頃になっても、ピアノの音がずれたままの状態…。間違った音を覚えてほしくないから、ピアノに合わせてドレミで歌わせたくないし、練習してほしいけど練習してほしくないこの葛藤(笑)。
最近、音楽の良さをしみじみと感じることが多い。下の子のヤマハレッスン(親が同伴)を楽しんでいるのは、子どもではなく私だったりする。何気ないメロディーにじーんとしたり、癒されたり。先月は改めて、ピアノの大切さを認識する機会があった。生活にピアノを取り入れていこうと決意し、友達に調律をお願いした。
なかなか調律できなかった理由の一つに、調律師が仲良しの友人ということがある。調律するにはある程度の時間が必要で、その間、彼女が家に来てくれているのにお話ができない。調律+ゆんたくのためには半日以上は必要で、その時間を確保できずにいた。
そんなこんなでよぉ~やく調律したピアノちゃん!見違える音に感動!!弾きだしたら止まらな~い!うひゃ~いつも弾いている曲が違う曲に聞こえる!あーー、調律早めにやっておくんだったー!こんなに違う音でずっと子どもも練習していたなんて改めて恐ろしーー!
そして、ピアノを通して感じる調律してくれた友人の誠実さや温かさ。友人が調律したピアノの音を聞いていると、彼女のことをとても愛おしく思った。ピアノは「なまもの」。調律師によっても、弾く人によっても同じピアノなのに、音が変わる。誰が調律したのか、誰が弾いているのか、音を聞けば分かる。昔、別の調律師の方から、お客様のピアノの先生が変わったことも調律していると分かるよ、と聞いた事がある。ピアノは繊細で、音を通していろいろなことを伝えてくれる。
調律した後は、ピアノの先生をしている友人も交えて、夜中までお酒を飲みながらゆんたく。何年ぶりだろう、こんな時間。即興で連弾したり、音楽の話をしたり、アホな話で爆笑したり、真面目な話をしたり、とても懐かしい時間を過ごした休日だった。